新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミック下における精神的ストレス軽減のためのデジタル介入アルゴリズムの開発

実施期間
連携機関
代表研究機関: 京都大学大学院医学研究科 社会健康医学系専攻 健康増進・行動学分野
主導研究者: 古川壽亮(京都大学)
研究対象地域
日本
総予算
背景
大学生のメンタルヘルス問題は、学業成績の低下、社会的関係の悪化、そしてその後のより深刻な健康問題や社会問題の発生につながる。大学ではメンタルヘルスが悪化した学生を支援するために様々なサポートを実施しているが、今回のCOVID-19パンデミックでは、感染防止のために物理的に距離を置く政策が行われている。そのことで対面での相談が困難になり、特に大学生を含む若年層の社会的孤立を悪化させた可能性がある。
このような状況の中で、インターネットを利用した精神疾患の治療法や予防法が、アクセスのしやすさや低コストの点から注目されている。このようなインターネットを利用した認知行動療法(CBT)は、うつ症状や不安症状の緩和に有効であることは、すでに多くのエビデンス1,2によって裏付けられている。しかし、その効果をさらに高めるためには、個人のニーズや特性に合わせた治療を行う必要がある。
この課題に対処するため、京都大学は2018年から2021年にかけて「ヘルシーキャンパストライアル」を実施した。これは、スマートフォンアプリで配信される5つのCBTコンポーネントの有効性を検証し最適化することを目的とした、多施設共同完全要因ランダム化比較試験である。関西および中部地方の5つの大学から募集した参加1,093者に対して、5つのCBTコンポーネントの合計64の組み合わせの効果を調査した。一次解析では、募集した全参加者の平均的な短期効果を調べることを目的とした。その結果、8週間後にはすべての参加者で抑うつ症状が有意に軽減されたが、特定のコンポーネントやその組み合わせが他のコンポーネントよりも優れているという結果は得られなかった。うつ病予防の長期的な効果はまだ不明である。さらに、これらのCBT構成要素の平均的な効果が類似していたとしても、個人によって反応が異なる可能性がある。そのため、個人の特性に応じて治療を最適化できるアルゴリズムの開発など、さらなる二次解析が必要であると考えられる。
引用文献
- Cuijpers, P., et al. (2019). Effectiveness and acceptability of cognitive behavior therapy delivery formats in adults with depression: A network meta-analysis. JAMA Psychiatry 76(7): 700-707.
- Karyotaki, E., et al. (2021). Internet-based cognitive behavioral therapy for depression: An individual patient data network meta-analysis. JAMA Psychiatry 78(4): 361-371
目標
このプロジェクトの目的は以下のとおりである。
- デジタルメンタルヘルス介入による長期的なうつ病予防効果を調べる。
- COVID-19パンデミック下での若者のメンタルヘルスを最大化するために、最適なデジタルメンタルヘルス介入コンポーネントを効率的に提供できる、エビデンスに基づく個別戦略を開発する。
研究手法
ヘルシーキャンパストライアルで得られたデータに対する二次解析を行う予定である。この試験では、2018年9月から2021年5月にかけて、5つの大学から参加1,093者を募集した。スマートフォンアプリで配信される5つのCBTコンポーネントの64種類の組み合わせを受けるように無作為割り付けし、抑うつ症状の緩和を目指した。人口統計学的項目、パーソナリティ、認知・行動スキル、抑うつと不安の重症度、プレセンティーズムなどのベースライン特性を収集した。その後、8週間までは毎週、その後は4週間ごとに52週間まで、抑うつと不安の重症度を評価した。
予定している二次解析は以下のとおりである。
- 52週間以内のうつ病を予防するために、それぞれのコンポーネントまたは複数のコンポーネントの組み合わせの長期的な効果を検証する。アウトカムは、Composite International Diagnostic Interview(CIDI)による、うつ病の発症率である。解析には2つのモデルを使用する。(1)52週時点でのアウトカムを二値変数として扱う混合効果ロジスティック回帰モデル、(2)うつ病発生時期も反映させるCox比例ハザードモデルの生存分析。
- 個人のベースライン特性と、各CBT構成要素およびその組み合わせによる短期的な抑うつ・不安の軽減効果との相互作用を検討する。ベースライン特性には、年齢、性別、学歴、生活習慣などの人口統計学的項目、パーソナリティ、認知・行動スキル、プレセンティーズム、社会的支援などが含まれる。線形混合モデルに治療法と共変量の交互作用を含めることで、それらの影響を調べる。これらの交互作用は、特定のCBTコンポーネントからより多くの恩恵を受ける可能性のある個人の特徴を特定するのに役立つであろう。
- 統計学および機械学習の手法を用いて、特定のCBTのコンポーネントおよび組み合わせについて、患者の特性を考慮した上で、抑うつ症状および不安症状の改善を予測するモデルを構築する。基本モデルは、予後因子としてのベースライン特性と、分析から特定された因子に対するコンポーネントごとの共変量交互項を含む線形混合モデルとする。また、他の機械学習によるモデル化も検討している。
期待される研究成果
- スマートフォンによるCBT介入を個人の特性に合わせて行うためのアルゴリズムを開発し、個人のニーズに合わせた介入を行うことで、個人が最も効率的かつ効果的に利益を得ることができる。このアルゴリズムは、エビデンスに基づいたガイダンスとして、地方、国、国際機関、および大学当局に提供する。
- 査読付き雑誌への投稿や学会で発表を行う。
- 大学生向けに最適化されたメンタルヘルス介入フォームを大学の保健管理や自治体に提案し、その成果を大学保健管理局のネットワークを通じて普及させる。
研究結果
目標(1)の結果:
1年間におけるうつ病の発症率は、参加者全体の10.2%であった。短期効果分析の結果と同様に、平均的に他より有意に有効なスマートフォンCBTコンポーネントは特定できなかった(コンポーネントごとのハザード比は0.843-1.259である)。次のステップとして、参加者のベースライン特性から、それぞれのCBTコンポーネントとその組み合わせを受けた場合に1年以内にうつ病を発症する確率を推定するモデルを構築する予定である。
目標(2)の結果:
個人の特性に応じた治療アルゴリズムの開発するため、まず階層的クラスタリング解析を用い、CBTのスキルに基づいて治療を行う前の大学生を、「反応型低スキル学生」「非反応型高スキル学生」「非反応型低スキル学生」という3つのサブタイプに分類した。うち、非反応型低スキルの学生は、他の2つのタイプと比較して、うつ病のレベルが有意に高いことが観察された。この解析の結果は、大学生に対するデジタルメンタルヘルス介入は、ベースラインCBTスキルに合わせて最適化する必要があることを示唆している。前述したように、CBTコンポーネントの個別最適化アルゴリズムを作るため、2種類のアプローチを用いた。1つ目のアプローチでは、各CBTコンポーネントおよびその組み合わせの効果の予後因子と効果修飾因子を、反復測定混合効果モデルで解析してきた。結果、ベースラインのPHQ-9スコアが高いほど8週間後の症状改善が大きく、運動習慣の頻度が高いほどセルフモニタリングコンポーネントの効果が低下することが示された。
2つ目のアプローチとして、新しい二段階統計アルゴリズムを用い、特定のCBTコンポーネントおよびその組み合わせについて、患者の特性から介入効果を推定するモデルを構築した。全体として、CBTコンポーネントがなくても、週1回のPHQ-9セルフチェックだけでうつ症状が大幅に改善することがわかった。個人のベースライン特性により、特定のCBTコンポーネントを受けた場合の抑うつ改善の程度が異なる。モデルの推定結果から個別の参加者にとって一番良いCBT介入が選べる。モデルの推定結果を提示し可視化するため、インタアクティブなアプリを作成した。このアプリは、参加者が最適なCBTコンポーネントを選択する際の意思決定を促進すると考えられる。さらに、スマートフォンCBTの各コンポーネントのアドヒアランスに関連する参加者の特徴も分析した。全体として、アドヒアランスは高く(コンポーネントによって82-91%)、誠実性の項目の得点が高い参加者と女性参加者は、スマートフォンCBTプログラムを完了する可能性が高いことが明らかになった。
追加解析:
本プロジェクトの主要目的はCOVID-19パンデミック下の大学生の抑うつ症状を改善するためのデジタル介入を最適化することであるが、「ヘルシーキャンパストライアル」の参加者募集はパンデミックの前から開始した。これにより、緊急事態宣言が学生の精神状態にどのように影響を及ぼすのかを、中断時系列分析により分析してきた。結果、大学生のストレスは新学期が始まると増加する傾向があるが、緊急事態宣言が学生の精神状態に有意に影響することは認められなかった。
世界的な示唆
本研究は、大学生の抑うつ症状を改善するためのデジタルCBTコンポーネントの個別最適化アルゴリズムとしては初めてのものである。今回提案する予測モデルを海外に普及させるためには、さらなる外的妥当性の検証が必要となるが、我々が用いた手法は、このような精密医療のゴールに近づくためにグローバルに一般化することができます。介入との交互作用が明らかになったベースラインの特徴は、今後の試験デザインに光を当て、大学生のメンタルヘルスに関する公衆衛生や臨床における意思決定に影響を与える可能性がある。
地元完成にとっての意義
今回の予測モデルは、日本で実施された大規模無作為化試験に基づいて構築されているため、今回の研究成果と個別介入最適化アルゴリズムを日本の大学や自治体に直接提案する予定である。大学の保健管理者が、最良のエビデンスに基づいて、必要とする学生に最適な介入を行うことができるようになることが期待される。
出版物
- Sakata M, Toyomoto R, Yoshida K, Luo Y, Nakagami Y, Uwatoko T, Shimamoto T, Tajika A, Suga H, Ito H, Sumi M, Muto T, Ito M, Ichikawa H, Ikegawa M, Shiraishi N, Watanabe T, Sahker E, Ogawa Y, Hollon SD, Collins LM, Watkins ER, Wason J, Noma H, Horikoshi M, Iwami T, Furukawa TA. Components of smartphone cognitive-behavioural therapy for subthreshold depression among 1093 university students: a factorial trial. Evidence Based Mental Health 2022; 25:e18-e25. [IF=13.5]
- Toyomoto R, Sakata M, Yoshida K, Luo Y, Nakagami Y, Uwatoko T, Shimamoto T, Sahker E, Tajika A, Suga H, Ito H, Sumi M, Muto T, Ito M, Ichikawa H, Ikegawa M, Shiraishi N, Watanabe T, Watkins ER, Noma H, Horikoshi M, Iwami T, Furukawa TA. Prognostic factors and effect modifiers for personalisation of internet-based cognitive behavioural therapy among university students with subthreshold depression: A secondary analysis of a factorial trial. Journal of Affective Disorders 2023; 322:156-62. [IF=6.8]
- Toyomoto R, Sakata M, Yoshida K, Luo Y, Nakagami Y, Iwami T, Aoki S, Irie T, Sakano Y, Suga H, Sumi M, Ichikawa H, Watanabe T, Tajika A, Uwatoko T, Sahker E, Furukawa TA. Validation of the Japanese Big Five Scale Short Form in a university student sample. Frontiers in Psychology 2022; 13:862646. [IF=4.2]
- Shiraishi N, Sakata M, Toyomoto R, Yoshida K, Luo Y, Nakagami Y, Tajika A, Suga H, Ito H, Sumi M, Muto T, Ichikawa H, Ikegawa M, Watanabe T, Sahker E, Uwatoko T, Noma H, Horikoshi M, Iwami T, Furukawa TA. Three types of university students with subthreshold depression characterized by distinctive cognitive behavioral skills. Cogn Behav Ther. 2024 Mar;53(2):207-219. doi: 10.1080/16506073.2023.2288557. Epub 2023 Nov 27. PMID: 38008940. (Published online 27 November 2023)
- Shiraishi N, Sakata M, Toyomoto R. Yoshida K, Luo Y, Nakagami Y, Tajika A, Watanabe T, Sahker E, Uwatoko T, Shimamoto T, Iwami T, Furukawa TA. (2023). Dynamics of depressive states among university students in Japan during the COVID-19 pandemic: an interrupted time series analysis. Ann Gen Psychiatry 22, 38. https://doi.org/10.1186/s12991-023-00468-9 (Published online 10 October 2023)
- Nakagami Y, Uwatoko T, Shimamoto T, Sakata M, Toyomoto R, Yoshida K, Luo Y, Shiraishi N, Tajika A, Sahker E, Horikoshi M, Noma H, Iwami T, Furukawa TA. Long-Term Effects of Internet-Based Cognitive Behavioral Therapy on Depression Prevention Among University Students: Randomized Controlled Factorial Trial. JMIR Ment Health 2024;11:e56691 doi: 10.2196/56691 PMID: 39319584