高齢者の医療・社会的ケアの満たされていないニーズに関する初の地域横断的研究を発表

2025年9月16日
ニュースリリース

WHO神戸センターは、WHOのアフリカ、東地中海、欧州、南東アジア、西太平洋の各地域において、高齢者(原則60歳以上)の満たされていない医療・社会的ケアニーズに関して、利用可能なエビデンスを評価した初の地域横断的研究の結果を発表しました。なお、米州地域については既に評価されています1

すべての人が必要な保健医療サービスを全面的に受けられ、そのサービスの質が担保されて、利用者が経済的困窮に直面しないための適切な施策が実施されるようにするには、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)実現に向けてどれほど進捗しているのかを測定することが重要です。

本研究では、UHCへの取り組みにおいて高齢者が取り残されることのないよう、高齢者の医療・社会的ケアのニーズがどの程度、どのような理由で満たされていないのかを示すエビデンスを評価することを目的としました。「医療ケアの未充足ニーズ」とは、保健医療サービスへのアクセスを阻むさまざまな障壁が理由で受診を控えたり放棄している場合や、受診の必要性にすら気づいていない場合が含まれます。「社会的ケアの未充足ニーズ」とは、日常生活の動作に必要な支援や、必要とする医療・社会的な支援を受けていない場合を指します。

この研究は11件の出版物としてまとめられました。主に専門家向けに研究方法と結果を詳述した5件の地域別研究報告書と、政策立案者向けのダイジェスト版である5件のエグゼクティブサマリー(下記の地域別リンクを参照)、および地域別研究を要約したグローバルエグゼクティブサマリーです。すべての出版物は、こちらからご覧いただけます。

主な研究結果

  • 総じて、現在利用可能な統計データからは、特に高齢者層における必要なサービスへのアクセス不足を十分に測定できていません。
  • 社会的ケアの未充足ニーズに関するエビデンスは、5つの地域すべてにおいて、医療ケアに関するエビデンスより大幅に遅れを取っています。
  • 未充足ニーズにつながる要因としては、保健医療制度が必要なサービスを提供しているか(availability)、経済面を含めそれらを利用しやすい環境にあるか(accessibility)、そして利用者にとって受け入れられるサービスか(acceptability)といった点が挙げられます。
  • エビデンスの量や質には明らかな地域格差が存在しており、WHO欧州地域を除くすべての地域では高齢者の未充足ニーズに焦点をあてた研究はほとんどありません。

WHOアフリカ地域では、医療・社会的ケアの未充足ニーズの発生率を報告する研究を発表しているのは加盟国の3分の1(47か国中15か国)にとどまっています。それらの研究では、40歳以上における発生率は32%でした。医療・社会的ケアの未充足ニーズ発生につながる要因には、人口動態や社会的要因、サービス利用に対する障壁、ケアの質を含めたサービスの受容性の問題がありました。アフリカ地域では、60歳以上の人口が今年6700万人に達し、25年以内には1億6500万人にまで増加すると見込まれており、高齢者層のデータ収集に注力する必要があります。

WHO東地中海地域では、医療・社会的ケアの未充足ニーズ発生の推定値が乏しく、その幅も広く、一般化できません。この地域の高齢化社会が抱える未充足ニーズは、制度上の課題や不安定な社会・政治的状況、および新型コロナウイルス感染症の余波を受けて高まっています。研究者たちは、直接的なデータを利用できない場合にこれらのニーズを推測する代替方法を提案しています。

WHO欧州地域における医療・社会的ケアの未充足ニーズのエビデンスは、53か国中44か国で入手できました。医療ケアのニーズは60歳以上の高齢者の約41%で満たされておらず、65歳以上の高齢者の56%が社会的ケアのニーズに対する支援を受けていませんでした。医療・社会的ケアに対する未充足ニーズの指標を認識することにより、各国は保健医療制度を人口高齢化に対応したものにできると考えられます。

WHO南東アジア地域は急激に高齢化しており、60歳以上の人口が10%を超え、今後30年で倍増すると予想されています。この年齢層の医療ケアに対する未充足ニーズの発生率は全体で18.3%と推定され、タイの1.6%からネパールの68%まで幅があります。文献レビューに含まれたほぼすべての研究(24件中22件)が医療ケアの未充足ニーズに関するものであり、このうち15件の研究において未充足ニーズの理由が報告され、自己負担費用、保健医療施設までの距離、利用できるサービスがないことが挙げられています。

WHO西太平洋地域で関連研究が認められたのは37の国・地域のうち9か国のみであり、そのほとんどで医療ケアの未充足ニーズに焦点があてられていました。また、国別の発生率の推定値は2.5%から32.8%近くまで幅があり、社会的ケアの未充足ニーズの発生率は2.8%から64.5%の間にあると推測されました。社会的ケアの未充足ニーズ発生の理由に関する情報はなかった一方、必要な医療ケアを受けていない理由としては、利用への障壁とサービスの受容性が、自己負担額の高さより多く認められました。この地域では、社会的ケアの未充足ニーズ全般、および、太平洋諸島の国・地域での医療ケアの未充足ニーズへの理解を深める必要があります。

本研究を統括した当センターのローゼンバーグ恵美技官は「これらの研究によって改善の余地があることが明らかになりました。各地域において、用語の定義、指標、測定・分析方法の整合性を高め、それによって経年推移をモニタリングし、各国内・各国間を比較して、UHC実現への進捗を評価することができるようになります」と述べています。

「それを実現するには、調査の設問と分析方法の標準化、既存調査への未充足ニーズに関する設問の追加、関連研究の促進、データの公開により、未充足ニーズにつながる障壁を特定して取り組むことが欠かせません」

こうした取り組みは、医療・社会的ケアの計画の改善や、高齢者を対象とする保健医療制度改革の支援、そしてあらゆる年齢層の健康と福祉の向上にも役立つと考えられます。

WHO神戸センターは、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジの実現を目指す世界の取り組みを加速する上で欠かせない、ケアに対する未充足ニーズを理解するための研究を実施しています。プロジェクトの詳細はこちら

1 https://iris.paho.org/handle/10665.2/63086