災害・健康危機管理のためのメンタルヘルスと心理社会的サポート(MHPSS)

災害・健康危機管理のためのメンタルヘルスと心理社会的サポート(MHPSS)

メンタルヘルスは基本的人権のひとつであり、私たちが人生のストレスに立ち向かうためにも、ウェルビーングを維持するためにも必須の要素です。災害は、メンタルヘルスの状態を悪化させます。災害のせいで、人々には避難、喪失、そして資源の不足といった常ならぬ負荷がかかります。こういった負荷が、心理的苦痛を生んだり、メンタルヘルス上の疾病のリスクを高めたりする可能性もあります。そして、この苦痛やリスクは長期にわたって続くこともあるのです。

WHOの推定によれば、紛争にさらされた人びとのうち5人に1人がメンタルヘルス上の問題を経験するであろうとされています。メンタルヘルス上の問題としては、抑うつ、不安、そして心的外傷後ストレス障害(PTSD)があります。同じ事態に直面した人々であっても、その反応は個人により異なります。これは一人ひとりの持つ資質や能力が違うためです。人によっては非常事態の結果としてメンタルヘルス上の疾病を発症します。すでに何らかの持病がある人たちは、症状が悪化することもあり、また、ネグレクト、遺棄、虐待、そして十分な支援へアクセスできないといったリスクに直面する可能性もあります。

早期の効果的なメンタルヘルスと心理社会的サポート(MHPSS)による介入が、災害・健康危機管理のために、極めて重要であることがますます認識されるようになりました。MHPSS介入としては、心理社会的ウェルビーングの保護または促進およびメンタルヘルス障害の予防または治療に向けて、被災地内外から提供される支援を挙げることができます。MHPSSが適切なタイミングで行われれば、健康危機や災害のリスクを小さくし、回復を後押しし、レジリエンスを育むことができます。MHPSSのためのシステムやサービスが、非常事態の前、最中、そして後の時期において、事態に即応できる状態にあるならば、特に効果的です。

このセクションには、MHPSS介入に関する知識、エビデンスおよび情報、関連するガイドライン、ケーススタディーならびにトレーニングツールが掲載されています。これらの知識等は、WHO神戸センターからの助成により行われた研究の成果です。(2022~23プロジェクト2020~21プロジェクト2016~17プロジェクト

メンタルヘルスと心理社会的サポートに関する直近のプロジェクト

一覧

災害による健康への影響を軽減するためのメンタルヘルスと心理社会的サポート(MHPSS)プログラム及び政策を改善するためのエビデンス

実施期間

2022年9月 - 2024年12月

連携機関

代表研究機関:メルボルン大学

参加研究機関:フェニックスオーストラリア(ポストトラウマティック・メンタルヘルスセンター)、モナシュ大学、カーティン大学、岡山大学、大阪大学、イタリア緊急社会支援心理学協会(エミリア・ロマーニャ支部)、米国国立PTSDセンター

主導研究者:リサ・ギブス教授(メルボルン大学)

研究対象地域

グローバル(日本、オーストラリア、イタリア、アメリカに特に焦点を当てる)

総予算

US$ 120,000

背景

災害の影響を受けた人々は、恐怖、被害、喪失、混乱に対して驚くべき回復力を示す。一方で、多くの人々は、特に複数の災害に遭遇した場合長期的なメンタルヘルスの問題に直面する可能性がある。これに対応するため、災害に関連するメンタルヘルスおよび心理社会的サポート(MHPSS)の政策やプログラムを体系的に評価することを目的として、「心理社会的サポートのためのエビデンスマッピング(EviMaPS)プロジェクト」が立ち上げられた。

目的

災害関連のMHPSS政策およびプログラムを特定し、それらがメンタルヘルスに与える影響に関するエビデンスを評価し、エビデンスの欠如を明らかにし、政策、実践、及びグローバルな指針への具体的な提言を行う。

研究手法

フェーズ1では、2007年に発行された「災害・紛争等緊急時における精神保健・心理社会的支援に関するIASCガイドライン」以降に実施されたMHPSSプログラムと政策の詳細(実施者、内容、地域、時期)を収集するため、IASC1の4WSツールを活用した調査を実施した。重要となる情報提供者を対象にした国際的な調査により、プログラム/政策の詳細、時期、対象集団、資金提供、評価状況などのデータを収集した。フェーズ2では、2007年以降に発表された災害関連MHPSSプログラム及び政策の効果に関する査読付き論文を対象に、スコーピングレビューを実施した。データ抽出では、プログラム/政策の設計、時期、提供者、実施場所、対象集団、アウトカムなどの要素が収集された。両フェーズの知見はIASC介入ピラミッドおよびWHO健康緊急事態リスク管理(Health EDRM)フレームワークに沿って整理し、シナジー、ギャップ、開発の必要がある分野を明確にし、政策立案者、研究者、WHOに向けた提言を作成した。

1 IASC(Inter-Agency Standing Committee、機関間常設委員会)は、人道支援を強化するために 1991 年に設立された、国連と国連以外の人道支援パートナーが協議・調整をするための組織。

研究成果

フェーズ1では、19の国と地域にわたる92のMHPSSプログラムおよび9つの政策が特定されたが、その多くは正式な評価が行われておらず、効果測定が困難であることが明らかになった。その一方で、多くのプログラムはガイドラインに基づいていることが特定され、国際的・国内の枠組みがMHPSS政策の形成において重要な役割を担っていることが示唆された。フェーズ2のスコーピングレビューでは、MHPSS政策の長期的なメンタルヘルス効果に関する評価は確認されなかったが、4つのレビュー論文と33件のプログラム評価研究が特定された。これらの研究では、症状の軽減や対処スキルの向上など、概ね肯定的な結果が報告されたが、政策の評価、災害前のプログラム、および高リスク群への影響に関するエビデンスには依然としてギャップが存在する。

世界的な示唆

EviMaPSの提言は、IASCおよびWHOの災害関連MHPSSガイドラインの改訂を通じて、グローバルな対応能力の向上に貢献することを目指す。主な提言として、介入ピラミッドの改訂により、より高度なケアの基盤となる非専門的支援の重要性を強調し、多層的なケア提供アプローチを強化することが挙げられる。また、グローバルなMHPSS強化における主要な課題は、体系的な評価の欠如である。エビデンスに基づく政策立案と実施を支援するためには、評価メカニズムの強化が必要である。WHOとIASCのガイドラインは、実証的エビデンスが不足している領域において専門家の合意を提供する役割を果たしており、引き続きこれらの枠組みの改訂と統合が行われることで、MHPSSの質と有効性の向上が期待される。

地元関西にとっての意義

EviMaPSの提言は、災害リスク軽減計画へのメンタルヘルス対策の統合促進や、避難民や最前線における対応者など、特に支援を必要とするグループに向けた戦略の強化を目指している。MHPSSのスタッフおよびボランティアへの支援強化は、燃え尽き症候群の防止や持続可能なサービス提供のために重要である。これにより、地域のMHPSSの関連性、連携、対応力が向上し、災害関連のメンタルヘルス課題に対応する効果が高まると期待される。

出版物

  • 査読付き学術論文の投稿準備中
  • 関連ブリーフの公表予定

 


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